Nさんの想い出ぽろぽろ


1991年の夏、私は高校1年生だった。
「自由」が校風のその高校は、目からウロコが落ちるほどinterestingな場所だった。 健脚会、学園祭、一泊LT・・・・、そんな中、気がつくと、彼がいつもそばにいた。 それはほんの偶然だったけれど、その偶然が必然に変わるのに時間はかからなかった。

帰り際に地下鉄を下車して、図書館にレコードを借りにゆくのが、いつしか二人の習慣になっていた。口に出して約束したわけじゃないけど、二週間という貸出期限が二人を結び付けていたのだった。

ある秋の日、私は彼と一緒にJAZZのコンサートにいった。彼が私を誘ったことと私がそれに応じたこと、私は、それを暗黙の意思表示のように感じていた。(恋デ一番幸セナノハ、恋ノ予感ニ酔ッテイラレル間ナノカモシレナイ。)
帰りの電車の幸せな気持ちで一杯だった。このまま、お互い何も口に出さないまま、ゆっくりゆっくり気持ちを育ててゆくんだなと、勝手に思い込んでいた。

その時、思い詰めたような表情の彼がこう言った。
「俺のこと、どう思ってる?」
思いがけない一言だった。それがすごく無粋なものとして私には感じられた。今までの二人のきれいでロマンチックな関係を台無しにした、と。
「そんな事を今更確かめ合わなきゃいけないような関係じゃないでしょ」、そんな言葉が口まで出かかって、止まった。悪いのは彼ではない。どうして私は、告白以外の何物でもない彼の言葉を素直に喜べないのか。どうしてニコッと笑って「好き」と言えないのか・・・。返事を濁して家に帰った後も、私の動揺は消えなかった。
「あなたは彼を好きなんじゃなかったの?」
そんな自問自答が、頭のなかをグルグル回っていた。

次の日、返事を求める彼に、自分の気持ちをうまく伝えられない私は、ただ「待って欲しい」と言うのが精一杯だった。煮え切らない表情だった彼も、最後には「分かった、待ってるから」と言ってくれた。

別れ際、「目をつぶって」と言う彼に、私は何も考えずその通りにした。次の瞬間、二人の唇が重なり合っていた。その後のことはよく覚えていない。ただもう逃げるように走って改札を出たように思う。動揺はピークに達していた。「待ってる」と言ったすぐ後にあんなことをする彼が信じられなかった。それでいて、あの場で彼に抗議しなかった私は何なのだろう・・・。彼を好きだという気持ちとその反対の気持ちが、絡み合いながらどんどん大きくなってゆくのを、私は抑えることができなかった。
結局私は、逃げることを選んでしまった。彼は、いつも返事を濁す私の不誠実さを責めているようだった。お互い無言のままの気まずい電話を幾度と無く繰り返すうちに、彼に対する小さな恐怖心さえ生まれていた。

はっきりした別れの言葉もないまま、全てが終りを告げていた。思えば初めての言葉だって無かったけれど、二人の恋は確かに始まっていたのだ。
それがわたしの16歳だった。好きな人を振ってしまった私に、それ以上恋愛を求める気持ちなど、生まれるはずもなかった。とうとうそれから三年間、好きな人もできず、彼と友達に戻ることも出来ないまま終わってしまった私の心の中には、彼への思いが消えていなかったのかもしれない。

Go back サークル誌 page
Go back homepage